山下裕二先生書斎訪問(3) 『日本美術全集』編

  • 投稿日:

Tak:前回前々回に引き続き、山下裕二先生の書斎(書庫)にお邪魔しております。今回は先生が編集委員を務められている『日本美術全集』についてのお話を伺います。さっそくですが、15冊を刊行した時点での率直な感想をお聞かせ下さい。 

山下:やっとここまで来たかなと。長い道のりだったな~と思うけれども、編集委員である辻惟雄先生がご高齢なのに、お元気なのが何よりだと思います。

Tak:これまでを振り返ってみてご苦労された点や逆に楽しかった点はありますか?

18ura.jpg

『日本美術全集16 激動期の美術』ケース裏

山下:僕が監修した巻だと、第16巻「激動期の美術」(幕末から明治時代前期)があります。作っていて苦労も多かったけど、他のいい執筆者に恵まれたので楽しかったです。僕は本来この時代の専門ではないけど、あえて、この時代が一番「書き換えられる」可能性があると思って責任編集を引き受けました。とくに工芸を充実させたのは、今までにない新機軸だと自負しています。

Tak:これまでの『日本美術全集』ではあまり取り上げられなかった作家や作品が多い印象を受けました。

山下:そうですね、それは随分意識しました。例えば河鍋暁斎に随分とページを割いたのも今までの美術全集から一歩踏み出しているんじゃないかという気がします。

Tak:こんど先生は、三菱一号館美術館で開催される「画鬼・暁斎― KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」展(6月27日~ 9月6日)でも井浦新さんとトークをされますよね。

16kan_kawanabe.jpg
『日本美術全集16 激動期の美術』より、河鍋暁斎作品ページ

山下:そうですね。暁斎応援団みたいなかたちですね。暁斎って考えてみたら、僕が学生時代に見ていた美術全集なんかでは、ほんとに扱いが小さかったです。暁斎だけじゃない、若冲だって、かつての小学館の『原色日本の美術』だと数点しか出てないんですよ。

Tak:そういった基準は変わってくるのですね。

14kan.jpg
『日本美術全集14 若冲・応挙、みやこの奇想』より長沢芦雪作品ページ

山下:そうだね。江戸の絵画に関してはやっぱり辻先生の業績が大きいよね。今回の『日本美術全集14 若冲・応挙、みやこの奇想』(2013年2月発売)では若冲、蕭白、芦雪には相当なページ数を割いているけども、これは、『原色日本の美術』とまるっきり違うところですよね。それを、すごく早い、第2回目という時期に刊行しましたからね。

Tak:そういった新しさを出してくことが、楽しいところでも喜びでもあるわけですよね。その分、ご苦労も多いとは思いますが…。 

山下:今、1945年から95年までの戦後の巻(第19巻)、1996年以降、現在までの(第20巻)を作っているわけだけど、こちらもこれまでになかった新しい作品を取り上げていくつもりです。

Tak:どこまで、誰まで入るかとても楽しみです!

山下:ほとんど一般的には無名の作家まで入れますよ、いま30代くらいの作家まで。戦後、および現代の美術にこれだけページを割くってことは、画期的なことなのです。

Tak:95年でわけたのには何か理由があるのですか。

山下:95年って、日本で非常に大きな事件があった年ですよね。阪神大震災があり、そしてオウムの事件があり。で、やっぱり現代美術というものは、否応なく、世相とリンクしているから、やっぱりそこが一番大きな節目になります。なおかつそこは戦後50年という節目であったわけだからね。だから95年で切るのは至極当たり前のことだと思います。

Tak:発売順としては、19巻、20巻というかたちでしょうか。

山下:そうだね(19巻は本年8月刊行予定、20巻は2016年2月刊行予定)。その両方にまたがって掲載される作家もいるわけです。それは大御所的な人ね。たとえば横尾忠則さんとか、草間彌生さんとか、杉本博司さんとか、村上隆、会田誠、そのへんはまたがって、両方の巻に掲載されますよね。

Tak:たとえば江戸絵画の巻ですと、抱一や若冲など見ただけで美しいな~とか楽しいな~とか思える作品も多くありますが、現代美術になってきますと、見ただけでは「あれ?」って思うような作品も一般の方には多いと思うのですけれども。その点はいかがでしょう。

山下:そういうものも入ってくるし、コンセプチュアルなものも入ってくるし、ひたすら見て美しいって思うものもありますよ。19巻は椹木野衣さんが監修ですが、僕と一緒に作っています。一方、20巻は僕の監修ですが、やっぱり彼の力をかなり借りています。彼は言ってみれば社会派だからね。でも、僕は全然社会派じゃなく、耽美派だから(笑)。そんな二人で作ることによってバランスがとれると思っている。あと、当然、戦後および現代の巻は、アニメーションは入らないですけれども、マンガにかなりのページを割くのも大きな特徴です。それと、デザインであるとか、写真、建築だとか入れたいものがたくさんあります。第19巻のタイトル自体が「拡張する戦後美術」だから、まさしく拡張していく感じになってきます。

Tak:では、先生や椹木さんを筆頭に、それぞれテキストを書かれるかたも大勢いらっしゃるのでしょうか。

山下:19巻は、いっぱいいますよ!でも20巻は逆に、作家のかたにそれぞれの日本美術観というものを、書いてもらおうと考えていて何人かに打診し文章をお願いしようと思っているんだ。

Tak:これまでの日本美術全集で、まだ生きている作家で実際バリバリ活躍しているかたにテキストを頼むということは……

山下:なかったでしょうね。

Tak:それは新しいですよね。

山下:でも、お願いしようと思っているみなさんは、日本美術の伝統っていうものを自分の作品のなかに生かしている人だからね。そういう視点から書いてもらえればと思っています。まあ、95年以降の現代美術の傾向を見ていると、いったん、分断されていた現代美術と日本の古美術が急速に接近してきたっていうことが言えると思いますね。

Tak:なんか先祖返りしたようですね。

山下:先祖返りっていうか、僕はこれが本来のありようだと思っています。だから、70年代、80年代、90年代前半くらいまでっていうのは、本当にまた裂き状態だったのです。だから、『芸術新潮』と『美術手帖』のやっていることが、乖離していたわけです。いまは、むしろ接近してきている。『美術手帖』が古美術の特集をやるようになりましたしね。ま、それはほとんど僕が手伝っているのだけどね。

Tak:じゃ、19巻、20巻は、とても期待できる巻ですね。

IMG_6174.JPG
山下裕二先生

山下:そうだね。まぁ、まったくこれまでとは違う、僕自身がやってきた、古美術と現代美術両方にまたがってやってきたことの総決算的な意味合いが出ればと思っている。そもそも、もともと古美術が専門で、でも現代美術まで文章書いたり、講演したりっていう人間は一人もいなかったからね。

Tak:先生、西洋絵画の講演もやっていますものね。

山下:そうだよ!ヴァロットンを応援したりとか。もう関係なくなってきちゃってる(笑)。あるいは、60年代に現代美術の一番前衛的な仕事をした赤瀬川原平さんと日本美術応援団をやったりとか、そういうこともこれまでの美術史家はやらなかったことです。赤瀬川さん自身、古美術が全然遠いものだったといっていたことを思い出します。お亡くなりになってから、赤瀬川さんを振り返る文章をずいぶんたくさん書いていますが、あらためて必然的に古美術の世界にこられたのだなという感じがします。僭越ながら、利休の脚本を書いた直後に僕と一緒に仕事をするようになった、というのも大きかったと思います。

Tak:千葉市美術館の展覧会(「赤瀬川原平の芸術原論展」)を拝見しても、とてもとんがっていますよね。赤瀬川さん。

山下:世間一般の人は単なる好々爺みたいに誤解しているけれど、ものすごく過激なことをやり続けた人だよね。そこから、いい意味で脱力していった、そのありようが素晴らしい。

ああ、このあいだ赤瀬川さんを偲ぶ会で、会田誠くんと山口晃くんにスピーチしてもらったのだけど、会田君は、赤瀬川さんが美術からスタートしながらも、美術っていうのをある意味捨てていった、その捨て方がかっこいいって言っていました。

Tak:たしかに。

山下:でも、完全に捨てているわけではないのだよね。

Tak:愛がありますもんね。

山下:そう。でも、いわゆる現代美術には冷淡かもしれませんね、後半は。自分から見に行こうとはしなかったもんね。

Tak:赤瀬川さんの書いたフェルメールの本、読みました。面白い視点で書かれていて斬新でした。

山下:ぼくにとっては、やっぱり、岡本太郎の仕事をしたのと、赤瀬川さんの仕事をしたってのが大きかったですね。その二人が戦後の美術で一番重要な存在でしょ。その両方とこんなに密に仕事することができた。まあ、岡本太郎との縁は本人が亡くなってからですけれどね。でも、一緒に仕事をしていた敏子さんが半分岡本太郎でしたね(笑)。

Tak:『日本美術全集』の編集に携わることは、まさになるべくしてなったっていう気がしますね。

山下:でも、考えてみたら、この全集が出るまえの大きな美術全集って講談社の『日本美術全集』で、これは90年代の前半に出たものだけど、そのとき僕は一番年が若い監修者、執筆者だったんだよね。随分前のことのように思えるな。

Tak:だいたいおいくつぐらいでした。

山下:僕は30代だった。もう亡くなった方も多いですよ。

18kan.jpg
『日本美術全集18 戦争と美術』ケース表

編集部フジコ:今回の全集ですと、18巻「戦争と美術」の責任編集の河田明久先生が一番若いですか。

山下:河田君が一番若いかな。他にもけっこう若い人がいますよ。まだ40代の人が何人かいるんじゃないかな。でも、彼は押しも押されぬ戦争画の第一人者だからね。戦争というものを全面に出した18巻の「戦争と美術」っていうのも、今までの美術全集にはない。ちなみに戦争に関係している作品は、一部戦後のものも入れています。たとえば、丸木位里の『原爆の図』だとか、香月泰男の『シベリア・シリーズ』だとか。そういったものは、1945年以降でもあえて18巻に入れました。

Tak:そういった、どこで区切ってくかということも編集者と相談しながら進めて行くのですか。

山下:そう。それは最初の段階での、我々編集委員と、各巻の責任編集の方と編集部員とのあいだで決めていくんだ。

Tak:もうおおよそのアウトラインはできているかと思うので、あとは一気に最終巻に向かって突き進むだけですね。

山下:そうですね。

けど、まあ、やっているといろいろな問題が発生しますよ…(笑)。

気が付いたら「ちょっとお話を聞く」予定がゆうに一時間を超えてしまいました。長時間雑多な質問に丁寧に応えて頂きありがとうございました。

『日本美術全集』いよいよ今年8月に19巻が刊行、20巻は2016年2月刊行予定です。時代と共に激しく変容していく美術史や、はたまた最終巻に「現代を代表するアーティスト」として誰が収録されるのか、今から興味は尽きません(発売前に皆で予測し合っても面白いかもしれません)。

ところで、最後に山下先生がボソッと仰っていた「いろいろな問題」とは一体何なのでしょうね。