椹木野衣先生インタビュー(2)

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戦後70年の節目の年にあたる今年、2015年8月25日に刊行となった『日本美術全集19 拡張する戦後美術』。その責任編集を務められた、椹木野衣先生(多摩美術大学教授)のインタビュー記事の第2回目です。

前回は「戦後」をどこで、どのような観点から区切ることに至ったかを伺いました。今回はいよいよ作品選定となります。今までになかった画期的な一冊である『日本美術全集19 拡張する戦後美術』に収録された作品は、どのような基準で選ばれたのでしょう。

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Tak:1945年から1995年までの50年間という、括りが決まると次は作品選びかと思います。江戸時代でしたら若冲や琳派を入れると中心がかたまると思いますが、この時代となるとなかなかこれを入れておけばという判断が難しいと思われます。最初から頭にあったこれだけははずせないものって何かございましたか?

椹木野衣:はずせないものはありましたが、それよりも前に考えたのは、『日本美術全集』の月報の連載「その時、西洋では」で宮下規久朗先生が「まだ十分に歴史化されたとはいえないこの時代」と書かれているとおり、戦後には正史と呼ばれているものはなくて、今後もどうなっていくか定かでないということでした。東京国立近代美術館とか、東京都現代美術館などが公的に収蔵している戦後の美術作品は一つの選定の目安になりますが、そこで集められているものは、結局はアメリカの「現代美術」の歴史に沿ったものが多いです。「現代美術」といっても、現代という時代に作られた美術なのですから、明治時代以降に確立し現代に至るまで描かれ続けている洋画や日本画、その他、あらゆる美術を含み込んでいるはずなのですが、なぜが公的な美術館の収蔵対象にはほとんどなっていないのです。

Tak:確かに、言われてみればそうですね。まさに目から鱗です。もう少し具体的にお聞かせ願えますか。

椹木:だいたい1945年から80年くらいまでのアメリカの「現代美術」には、抽象表現主義が出てきて、ミニマルアートがあって、ポップアートがあって、コンセプチュアルアートが登場する、そんな一連の大まかな流れがありますよね。日本でこれとほぼ平行したものが、実験工房や、具体美術協会、もの派、ポストもの派などです。まったく同じではないのですが、荒っぽく言うとアメリカの戦後美術史観の追随になります。それらを集めていれば、ひとまず国際的な価値が担保できるというつもりで日本の美術館はこぞって収集してきたのです。

Tak:もの派などは近年になって注目を集めていますが、基本的には一般受けしないというか、美術と我々の距離感を拡げているように思えます。

椹木:実際に、今あげたような日本の「現代美術」は、決して市民権を得ているわけではないですし、展覧会を開いても多くの人がそこに来場するわけでもありません。それにも関わらず、どういうわけか公的には重んじられている、そこが不思議でした。アメリカが打ち出した美術の価値観に日本が追随することは、よく考えてみると、戦勝国と敗戦国の構図で、そこにはある種の国際政治というか、敗戦後の世界観が反映されているのだと思います。これはある意味偏った考え方です。こういう、実験工房、具体美術、反芸術、もの派、ポストもの派となっている、全国の近現代美術館における既成の戦後美術史観を相対化し、壊すわけではないのですが、今一度疑ってみて、もう少し別の価値観を出せないかと考えました。

Tak:別の価値観というのは、つまり、勝者であるアメリカに追随する日本の「現代美術」の枠組みからはずれている、あるいはそこに取り入れられていないものですか?

椹木:はずれているというよりも、結果的には落ちてしまっている作品です。今言ったアメリカの作りあげた戦後美術史観にどうして価値があるのかというと、国際的に通用するからです。アメリカという戦勝国に支えられることによって、土地の地理とか風土とか慣習とかに関係なく、どこに行ってもポロックの絵は国際的に絵画としての普遍性を持ち得ます。その国際性というものへの疑いと対峙しなければなりません。

本来、国際性というのは抽象的な概念です。特定の場所に根付いたらローカルになってしまいますから、どこにも根付いてはいけません。そういう、戦争の勝者であるということにしか支えられていない、根っこのない国際性という抽象的な価値観よりも、戦争に負けた国でしかあり得ないような美術、もしくは日本列島という山があり谷があり川が流れ半島があって湾があり、群島があって、北と南で著しく気象が違って、日本海側と太平洋側でも全面的に違う、そういう小さいけれども非常にきわめて多様性を持っている国土のうえに成り立っている「日本列島の美術」の方が、大きな概念なんじゃないかと思いました。だから、抜けているものを探すというよりは、「日本列島の美術」と「敗戦後50年の美術」の重なり合う部分、つまりベン図の“ベン”の部分を考えて行こうとしました。じつはその“ベン”の一部に「現代美術」があるに過ぎないのです。

Tak:そういった価値基準というか、線引きみたいなものをされて、選定に入られたのですか?

椹木:そうですね。アメリカの提示したような国際的に通用する「現代美術」を、否定したわけではなく、戦後美術という大きな概念の一要素に過ぎないという考え方ですので、要素である以上はそれも落とすわけではありません。だから、『日本美術全集19 拡張する戦後美術』には、アメリカ=戦勝国の影響を大きく受けた実験工房、具体美術、反芸術、もの派、ポストもの派なども入れています。でも、それは僕の考える戦後美術のごく一部でしかないですから、その他にさまざま起こってきた、国際性というものでは認知されてこなかったけれども民衆のあいだには深く根付いてきた作品、あるいは美術史的な研究や批評の対象にはなっていないけれども民衆的な人気は勝ち得ていた作品、こういったものを意識的に探していきました。

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山下清の貼絵 掲載ページ

Tak:19巻に収録、掲載されている作家だと誰がそれに当たりますか。

椹木:例えば山下清は、きわめて人気は高く誰もが知っており、美術の作品としての強度もきわめて高いにも関わらず、なぜか研究や批評、論文執筆の対象にはなっていません。よく考えるとおかしいわけです。あるいは、出口王仁三郎(でぐちおにざぶろう)は、日本を代表する宗教教団(「大本教」、正式には「大本」)で芸術にきわめて力を入れ、多くの人に影響力を持ったにもかかわらず、日本美術という枠のなかでは考えられていません。そういう人たちをどんどん肉付けしていく作業をしました。こうした、アウトサイダーアートと僕が呼ぶところの、山下清、出口王仁三郎、三松正夫らの作品を、いわゆる従来の戦後美術と同じくらいの割合で入れています。

それからマンガですね。マンガも決してサブジャンルではなく、日本の戦後美術の中心を成す表現としてきちんと盛り込もうと思い、採用しました。あとは、僕は専門ではないですが、戦後の日本画に関しては山下裕二先生が詳しいので意見をもらって、きちんと位置づけました。こうした要領で合算していった結果、非常に拡張性を持つような内容になって、タイトルも「拡張する戦後美術」ということで落ち着きました。

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出口王仁三郎『耀盌(ようわん)』掲載ページ

Tak:一つの流れではとても集約できないような作品がこの一冊におさめられているのですね。

椹木:そうです。いくつかの線を重ねて、編んでいるかんじですかね。本来、歴史というのは、進歩史観もありますし、できるだけ一つの線に束ねるべきものでしょうが、この本では、束ねることなくいくつもの流れを絡み合わせながら編み込んでいきました。むしろ、束ねることのできないいろんな矛盾を抱えたものこそが、戦後だったと思うのです。

Tak:これまで、美術史というものを少なからず学んだり、展覧会を見てなんとなく戦後美術の流れが頭にあった人が、この本をご覧になるとかなり揺さぶられる感覚でしょうかね。

椹木:人によるとは思いますが、美術館学芸員など、美術館に属して、戦後美術を「現代美術」の流れのなかで研究してきた人にとっては、これは相当、混乱するでしょうね。「ここまで美術とよんでしまってよいのか!」となるでしょう。また、逆にそういうことには関係なく、身近に美術というものを捉えてきた人にとっては、別に宮崎駿が入っていようが大友克洋が入っていようが、当然と思うかもしれません。逆に「いままではこういうのは入ってなかったのですか?」って思う人もいるはずですよね。見る人が戦後の美術をどう刷り込まれてきたかによって見え方は変わると思います。

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手塚治虫・酒井七馬『新寶島』掲載ページ

Tak:『日本美術全集』のような全集ものが流行していた高度経済成長期には、一家にワンセットぐらいあったと思うのですけれども、そういったものがない時代に生まれ、成長し、大学生や社会人になっている人も多いと思います。そうした方がこれを見たら意外とすんなり、頭に入るのではないでしょうか。

椹木:そう思います。もちろんまったく知らないものもあると思いますが、手塚治虫で始まっても、「なぜ手塚治虫で戦後美術がはじまるのだよ、おかしくないか?!」と思うような人の方が少ないのではないですかね。そう思うのは、美術の専門家なわけで、広く戦後美術を考えたときは手塚治虫からはじまって、次を開くと山下清と岡本太郎と続くことをおかしいと思う要素はないのですよね。

Tak:むしろ、アカデミックに戦後美術を勉強してきた人のほうが、混乱を来たす。

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大友克洋『AKIRA』掲載ページ

椹木:そうですね。このなかのどこに関心を持つか、どこに疑いを持つかによって見え方も変わってくる、言い方を変えると見る人の戦後美術史観を炙り出すことになると思います。つまり、専門的に戦後美術を勉強してきた人は一瞬「あれ?」と思うかもしれませんが、具体美術協会も入っているし、ポストもの派も入っているわけだから、決して自分の学んできた戦後美術史が全否定されているわけではありません。逆に「なんなのだろう?他に収録されている作品は?」、「自分はいままでそれを何だと思っていたのだろう?」と考えることになると思うのですよね。どちらの立場にもある意味対応できるような、幅の広さを目指しました。

Tak:なるほど。見る人の戦後美術史観を炙り出すとは興味深いですね。これまでの全集にはなかったことです。何人かで集まってあれこれと話しながらページをめくっていく楽しみもありますね。立場の違う人を呼んでトークショーなど行っても面白いかもしれません。

如何でしたでしょうか。日本の「現代美術」の盲点をつく、非常に示唆に富む興味深いお話だったと思います。次回はもう少し具体的な作家、作品について伺っていきます。乞うご期待!