『日本美術全集』完結記念 山下裕二先生インタビュー(前編)

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20年ぶりに刊行され、紙媒体では最後の美術全集になるのではと囁かれている、小学館の『日本美術全集』。2012年の第1回配本「法隆寺と奈良の寺院」から足掛け5年の歳月をかけ、この春に最終巻「日本美術の現在・未来」まで全20巻が出そろいました。 

『日本美術全集』20巻の完結を記念して、編集委員を務め実質陣頭指揮をとられた山下裕二先生(明治学院大学教授)にお話を伺って来ました。講演会やトークショーでは聞けないあんなことこんなことから、ちょっと脱線したお話しまで一時間半にわたるお話を前編・後編の二回に分けてお届けいたします。

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『日本美術全集20』ケース表

Tak:今日は今年2月に発売になった山下先生責任編集の『日本美術全集20 日本美術の現在・未来』についてと、『日本美術全集』を全て刊行し終えた今のお気持ちなど伺って参りたいと思います。まずは話題の第20巻ですが、「はじめに」にも書いてらっしゃいますけれども、読んでない方も多いと思いますので、簡単にその特徴、これまでの美術全集と違うところなどをお聞かせください。

山下:第20巻には、基本的には1996年から現在までの作品を収録しましたが、たった20年間のために1冊を割くということ自体が、従来の美術全集ではまったくありえなかったことですよね。これは僕自身の強い意向で現代の巻を手厚くしたいと思って発想したことです。

まず、どうして96年という区切りにしたかというと、その前年の95年がずいぶん大きな事件があった年だからです。阪神淡路大震災があって、地下鉄サリン事件があって、しかもそれが戦後50年という節目であったわけですよね。だからそこで区切ることは、僕と、一緒に作った椹木野衣(『日本美術全集19 拡張する戦後美術』責任編集)さんとのあいだで、ここしかないと異論なく決めました。 

椹木さんと一緒に作ったということにも大きな意味があって、彼は現代美術の評論家としてここ20年くらい、独壇場といってもいいくらいの大きな影響力を持った人ですよね。ただ、いわゆるアカデミックな美術史学会的な世界とは、ほとんど接点を持たなかった人です。実際、美術史学会員でもないわけで、全巻の責任編集者のなかで美術史学会員でないのは、彼ただ一人だと思います。

僕はいわゆる美術史学会的な世界からスタートして、今は「元学者」みたいな立場でいます。それに対し椹木さんはもっぱらジャーナリスティックな世界で旺盛に執筆してきて、アカデミックな世界とはあまり接点を持たなかったけれども、今回、こういう大役を引き受けてくださった。それには大きな意味があると思います。特にいわゆる現代美術に対する見方は、僕と彼では対照的なところがあって、やっぱり椹木さんは社会派だと痛感しました。逆に僕は全然社会派じゃないなと。あえて言うなら耽美派というかなんというか。こうした志向の違う人と共同作業することに意味があったなと思っています。

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横尾忠則『実験報告』掲載ページ

Tak:そうすると19巻と20巻の雰囲気は、おのずと変わってきているのでしょうか?

山下:いや、そんなことないと思います。19巻も20巻も一貫して、僕と椹木さんで十分協議したうえで作品を選定しました。だから、この2巻は連続したものとして捉えて欲しいです。例えばもっとも象徴的なのは、19巻と20巻にまたがって載っている作家がけっこういることです。20巻の最初の方に掲載されている現代美術の「巨匠」といってもいいような人たちは、両方に載っています。たとえば村上隆さんはもちろん、草間彌生さん、赤瀬川原平さんもそうだし、横尾忠則さん、杉本博司さんもそうです。あるいは会田誠さんもそうかな。

Tak:そういったことも、いわゆる美術全集では珍しいことですよね。

山下:そうですね。あ、森村泰昌さんも両巻にまたがって掲載されています。

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杉本博司『昭和天皇』『サヴォア邸』掲載ページ

Tak:そうするとやはり19巻と20巻はまさに“2巻セット”ですね。よくよく考えてみればこの情報量ですと、とても1冊にはまとめきれないですよね。

山下:現代の作家を紹介するとなると、掲載作品の取捨選択が大きな意味を持つことになりますね。

Tak:先生がどうしても入れたかった作品を教えていただけませんか。

山下:もちろんどの作品にも思い入れはあるのだけれども、個人的な話をすると、赤瀬川さんはこのなかで僕と一番付き合いの深い人だったので、絶筆である『引伸機』を入れたい思いは強くありましたね。この『日本美術全集』の企画が立ち上がったときには赤瀬川さんはお元気だったわけだけれども、残念ながら2014年に亡くなってしまったわけで、そうした意味でも象徴的な作品です。

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赤瀬川原平『引伸機』掲載ページ

Tak:赤瀬川さん以外ではいかがでしょう?

山下:そうですね。観音開きのページは村上隆さんの『五百羅漢図』しかないだろうと思いましたね。僕が展覧会を企画した幕末の絵師・狩野一信の『五百羅漢図』からインスパイアされている点で非常に象徴的ですし、また、横長の画面は観音開きのページにぴったりですからね。この作品が『日本美術全集』の最終巻に大きく載るということには、大きな意味があると思いました。それと、会田誠さんの『紐育空爆之図』も日本美術の引用の織物のような絵ですし、大きく掲載されるのは当然だと思います。

今言った現代美術の大御所たちは誰が編集してもこの巻に載ったと思うけれども、僕はいわゆる現代美術だけではなくて、院展の作家である田渕俊夫さんを載せるとか、写実画の世界でいちばん高く評価されている森本草介さんを載せるとか、そういう意味での、現代美術以外のところの取捨選択みたいなことにも、あるメッセージ性はこめたつもりでいます。そういえば、森本さんも昨年の10月に亡くなりました。僕は一度だけお会いしたことがあるだけですが、残念です。

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天明屋尚『Japanese Spirit 一号機』、蒼野甘夏『ビル風赤松図』掲載ページ

また、鉛筆画の木下晋さんとか、篠田教夫さんとか、吉村芳生さんとか、それほど知名度はないけれども、僕はいずれも長い付き合いがあります。ずっと着実に仕事を続けているベテランの人たちです。はたまた蒼野甘夏さんのように世間的にはまったく無名だけれども、作品のクオリティはきわめて高い作家もいます。彼女の『ビル風赤松図』は、自分の本(『驚くべき日本美術』)のカバーにも使ったし、抜擢したと言っていい作品かもしれません。でも、本当に『日本美術全集』に相応しい作品だと思います。古美術に対する深い理解がないとこれだけのクオリティの絵は描けません。それと天明屋尚さんと同じページに載っているというのも注目して欲しいポイントです。天明屋さんは知名度からいっても当然この全集に載ってしかるべき人ですけれどね。

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高村総二郎『0306』、松井冬子『夜盲症』掲載ページ

Tak:バラエティーに富んだいろんな層が含まれている中で、蒼野甘夏さんのようなまだまだ知名度の決して高くない作家も掲載しているのは確かに新鮮でした。蒼野さんの作品は、けっこう大きい堂々とした作品のようですね。

山下:そうそう。屏風ですよ。それと松井冬子さんも知名度からいうと当然載るだろうけれども、対向ページに載せた、高村総二郎さんには、じつはまだお会いしたことはないのですが、素晴らしいクオリティで描く人なので載せましたね。松井さんの幽霊画と高村さんの刺青の組み合わせ、いいでしょう。

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荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』、松本大洋『ピンポン』、岡崎京子『ヘルタースケルター』掲載ページ

Tak:作品の配置も、ものすごく確信犯的な遊びというか、構成になっているのですね。現代美術の知識があればあるほど深く楽しめる作りなのですね。

山下:見開き単位の組み合わせに注目して欲しいですね。それと、結果として思うことは、マンガの掲載数が19巻に比べて20巻は減っているということです。井上雄彦さんは上野の森美術館で開催した「井上雄彦 最後のマンガ展」の展示風景を大きく扱ったのだけれども、これはいわゆるマンガというよりも展覧会のための大作ですしね。しりあがり寿さんの『オレの王国、こんなにデカイよ。』も、マンガというより展覧会のインスタレーションだし、マンガとして載せたのは、岡崎京子、松本大洋、荒木飛呂彦の3人です。なかでも原画を載せたのは岡崎京子だけです。

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山口晃『続・無残ノ介』、『頼朝像図版写し』掲載ページ

Tak:そういえば山口晃さんの作品数が多いですね。

山下:多いですよ。順に見ていくと、山口晃さんがこれだけ大きく載るのも当然だとわかるはずです。彼は実質的に今一番人気のある作家と言っていいと思います。いわゆる現代美術ファンだけではなくて、もっと彼のファン層は広がりを持っています。先日、高松市美術館で彼と一緒に講演したのだけれども、彼のファンが沢山来てすごいことになりました。

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久松知子『レペゼン日本の美術』掲載ページ

Tak:同じ「山口」つながりで、山口英紀さんの作品も掲載されていますね。

山下:山口英紀さんは知名度がないけれども、驚くべきクオリティの水墨画を描きます。こんな絵を描く人は他にいません。無名の新人といえば、いまだ大学院生の久松知子さんの絵も掲載しました。クールベの『オルナンの埋葬』と『画家のアトリエ』の登場人物を日本近現代美術史のそれに置き換えた絵のテーマからいって、全集の最終巻に載せるのにふさわしいと思って入れました。これは私と椹木さんとで審査して、岡本太郎現代芸術賞で岡本敏子賞をあげた作品でもあります。石田徹也も大きく扱って当然だと思い4点掲載しました。

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宇佐美雅浩『真言宗総本山東寺僧侶 瀧尾神社宮司 六孫王神社宮司 京都 2014』掲載ページ

Tak:石田徹也については先生が作品解説を書いていらっしゃいますよね。

山下:ある意味、第一発見者としての責任がありますから。そして、写真に関しては大御所の人たちの作品をけっこう載せました。篠山紀信さんの『大相撲』は、やはりこうして画集で見ても迫力がありますね。一方、宇佐美雅浩さんは、まだ個展を一回開いただけの作家ですが、僕は展示を見て、本当にすごいと思ったから、ここに抜擢しました。デジタル合成したように見えますが、実際にはフィルムで撮った驚きの写真です。そうそう、梅佳代がとぼけた小学生を撮った「男子」シリーズは、どこに載せても浮いちゃうので掲載する位置をずいぶんと迷いました。でも梅佳代ってやっぱり面白いですよね。

Tak:建築は6ページだけですか。

山下:建築は全巻を通してそれくらいです。しかし選ぶに際し、あらためて世界的に活躍している建築家が多い20年だと感じました。

Tak:工芸の分野はどうでしょう。

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佐々木誠『八拳須』掲載ページ

山下:工芸は、すごく細密な「雲龍庵」北村辰夫さんの漆器と、ある意味コンセプチュアルな、田中信行さんの漆の作品『Innner side-Outer side』を組み合わせたりしました。彫刻では、前原冬樹さんの柿と有刺鉄線をリアルに彫った木彫や、佐々木誠さんの『八拳須(やつかひげ)』を載せました。

Tak:佐々木さんの作品は「スサノヲの到来」展に出ていましたね。 

山下:まだ 20代の大竹亮峯さんは、細かな金属パーツを組み合わせて作る幕末に流行した自在と呼ばれる置物を、木彫で作っています。ある意味で天才ですね。

Tak:その他で注目すべきジャンル、作家・作品を教えて下さい。

山下:ファッション、デザイン、アウトサイダーアート、アーティスト集団のchim↑pomも大きく扱いましたね。彼らがまったく無名の頃、居酒屋に連れて行って全員におごってやったりしたこともありました(笑)

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風間サチコ『噫!怒濤の閉塞艦』掲載ページ

必然的に締めくくりは3.11以降の美術ということになりました。いろんな作家が震災について考えていて、僕は安易に震災をネタにした作品には首をかしげることも多いのですが、たとえば福田美蘭さんの連作にしろ、風間サチコさんの『噫(ああ)!怒涛の閉塞艦』にしろ、非常によく考えた立派な作品だと思いました。

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中島潔『地獄心音図 大焦熱地獄・阿鼻地獄』掲載ページ

それと、最後の最後に中島潔さん、藤城清治さんという、大ベテランの作品が入ってくるのも、読者からしたら意外かもしれません。中島さんはいかにも癒し系のイラストで、藤城さんは影絵でそれぞれ人気を博した人で、いわゆる現代美術の作家ではないですが、一般的にはものすごく人気のある人です。その人たちが震災に触発されて今までの作風とはずいぶん違うものを作っておられることに敬意を表しました。

Tak:藤城清治さん『福島原発 すすきの里』の作品解説を読んで驚きました。90歳を前にした御年で、防護服を着て現場に行って描いたそうですね。

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藤城清治『福島原発 すすきの里』掲載ページ

山下:すごいですよ。中島さんもご自身が大病されたことをきっかけに、地獄絵のシリーズを描いてお寺に奉納しています。どちらも老大家が心血を注いで描いたものです。

Tak:そうすると、二つの大きな震災が一つの区切りになっているというのは、たいへん象徴的ですね。

山下:そうですね。ただ、僕は「はじめに」にも書いたけれども、美術が社会とどうリンクするかということに関しては、必ずしも重要だと思っていません。むしろ、まったく社会情勢と関係ないところで自分の表現を突き詰めている作家が好きだったりします。それでも、この巻の構成では必然的に震災をとりあげることになりました。

Tak:この時代は皆が知っている、体験している時代ですからね。駆け足で見てきましたが、相当に濃く、興味深いセレクション、構成となっていますね。確かに今までにない美術全集であることは間違いありません。

編集部:先生、その後にまだ一ページありますから、続けてください!

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『日本美術全集20』口絵最後のページ

山下:そうそう、最後のページに「To be continued…」と入れました。20巻は「日本美術の現在・未来」というタイトルの本です。これで日本美術全集が終わるのではないというメッセージを込め、最後の一ページを白くして文字だけにしたことに注目して下さい。

Tak:これはウェブ連載などを予定しているのですか?

編集部:紙で最後の美術全集だと、メディアなどで言われたじゃないですか。もしかしたらそうかもしれないけれども、形が変われども日本美術はほろびるものではなく、受け継がれていくものです。なので、それを我々が少しずつでもウェブでアップする、という壮大なことをひそかに考えているのです。

山下:最後に注目して欲しいのが、論考の執筆を、杉本博司さん、森村泰昌さん、山口晃さんという3人の作家にお願いしたということです。杉本博司さん、森村泰昌さん、山口晃さんは現代美術のトップランナーであると同時に、文筆のほうでも活躍され、著書を出しています。そういう人たちに全集のテキストをお願いするというのも、画期的なことだったと思います。

Tak:山口晃さん、小林秀雄賞もとっていますからね。

山下:例によって山口さんの原稿は遅れに遅れたけどね(笑) 現在、神奈川の馬の博物館で開催されている個展でも、ほとんど真っ白なカンヴァスが展示されています。白描画家、なんちゃって(笑) 見に行きました?

Tak:行きました。大きなカンヴァスが2枚あるのですけれども、1枚はかたむけてあって、あたりをつけるための最初の線が入っているだけでした。

山下:まぁ、これまでも未完の作品が展示されることはよくありましたよね。今回も会場に通いながら徐々に描いていくそうです。

Tak:全集に掲載された山口晃さんの「私と日本美術」は、とてもよい文章だと思いました。

山下:そうですね。それと、若手で一番の論客の黒瀬陽平さんにも「インターネット以降の日本のアート」というコラムの執筆をお願いしました。インターネットについて僕はうといのですが、椹木さんはその辺りの事情を良くご存知なので、彼を推薦されたのです。これもお願いして良かったと思います。

第19巻、20巻を見てくださった人が、面白いねと言ってくれることが多く、嬉しく思っています。編集委員の辻惟雄先生も、「面白いな~、いままでこういう本はなかったな~」と言ってくださいました。先生が80歳を過ぎてこうした画集を見て面白いと言ってくださることも素晴らしいことだと思います。

――後編では、『日本美術全集』全20巻の刊行を終えられた心境についてお聞きします。