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2013年8月28日に刊行された『日本美術全集』最新刊「東大寺・正倉院と興福寺(奈良時代2)」の編集を担当された小学館の髙橋建編集長にお話を伺って来ました。

前編では正倉院宝物について伺いましたが、今回は、『日本美術全集』には書かれていないこぼれ話し的なことや、知っておくと本を見る時や、実際にお寺で仏像と対面する際に、周りに自慢できちゃうような、とっておきのお話を伺ったのでご紹介します。

Tak:東大寺法華堂(三月堂)にある仏像の修復後の新しい写真が『日本美術全集』最新刊「東大寺・正倉院と興福寺(奈良時代2)」には収められていますが、そもそも修復はどこで行われるのでしょうか。

高橋:奈良国立博物館の中に、修復を専門に扱う「公益財団法人美術院 国宝修理所」の工房のひとつがあり、そこで行われます。

Tak:東大寺からだと道を挟んで目の前なので運搬も楽そうですね。

高橋:いえいえ、それが想像以上に大変な作業なのです。ご存知のように東大寺法華堂(三月堂)に安置されている不空羂索観音立像をはじめとする諸仏はいずれも乾漆像(麻布と漆を用いて作られた仏像。)ですので、とても弱く、ちょっと何かが当たっただけでも欠けてしまう危険性をはらんでいます。

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東大寺法華堂内部を掲載したページ

Tak:そんなに弱いものですと、抱えて運ぶなんて危険で出来ませんね。

高橋:お、恐ろしいことを…とても無理です、そんなこと。

Tak:実際はどのようにして運搬しているのでしょう?

高橋:まず、仏像をレーザー3Dスキャナーで立体スキャンします。その測定データを用いて精密な発泡スチロール製の型を作ります。

Tak:えっ!レーザー3Dスキャナーですか?!まさか仏像のお話を伺いに来て、最先端のハイテク技術が出てくるとは思いもしませんでした。

高橋:それだけではありません。テクノロジーの発達は奈良時代につくられた文化財を後世に伝えるために今や欠かせぬものとなっています。思わぬところで思わぬ科学技術に出会ったりします。

Tak:サイズぴったりの発泡スチロールに収められた仏像たちが運ばれた美術院の工房では、どのような修復作業がなされるのでしょうか。

高橋:ケースバイケースですが、虫食いは無いかとか、彩色の汚れた箇所は無いかとプロの目で確認した後に、たとえば乾漆造の技法を用いて穴埋めや補修をしたり、水分を含ませた薄い和紙を仏像に貼り付けたりなどして表面の汚れを除いていきます。

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仏像の彩色

Tak:とてもデリケートで地道な作業ですね。

高橋:こればかりはテクノロジーを使うわけにはいきませんからね。熟練した「人の手」が頼りとなります。

Tak:ところで、修復後は、ぱっと見ても違いが分かるものなのですか。

高橋:監修の浅井先生は修復後の仏像をご覧になり「エステサロンで、フェイシャル・クリニックをしたような、すっきりとしたお顔になり、男前度を増したな~」なんて仰ってました。

Tak:『日本美術全集』に掲載されている写真からもそれは分かりますね。 

高橋:今回は特に修復が上手くいったと伺い聞いています。天平時代の乾漆像や塑像に施された金箔や極彩色の文様もかなりはっきりと目視出来ます。

Tak今回掲載されている東大寺法華堂(三月堂)の仏像たちのなかには手になにも持っていない状態のものもありますが…

高橋:これも大きな見どころの一つでして、修復を終えてすぐの、まだ後世につくられた持物(じもつ)を本体から外したまま状態で撮影した画像で、通常では見ることができません。

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持物を持たない状態の仏像

Tak:何も手にしていないと、全体的に一見、不安定な感じを受けますね。

高橋:確かにそうかもしれません。しかし、持物でバランスを取ったり、仏像を支えているのではなく、仏像自体だけでしっかりと自立しているバランスの良さが、むしろ際立って見えてきます。これだけのダイナミックな動きを表現したくて、この技法にしたとも思えるほどです。

Tak:不空羂索観音立像を中心にしたお堂全体もすっきりした印象をこの写真から受けます。

高橋:お堂に戻した直後ですので、まだ最低限度の荘厳(飾り)しかなされていません。こんな姿はおそらくもう二度と見られません。また、向かい側の壁面を外した状態で撮影されたので、この全体写真のような見え方は実際にお堂へ行っても見られない貴重なショットです。

Tak:この他に今回の『日本美術全集』での見どころはありますか。

高橋:これは少々マニアックなものとなりますが、年表の中に軒瓦の変遷を拓本に基づく画像で入れました。

Tak:どうして軒瓦なのですか?

高橋:ずばり言うなら、建物や仏像は火事で焼失してしまっても瓦は焼け残ります。よく展覧会で軒瓦が展示されていますが、あれは実はとても重要な歴史的な資料なのです。 

Tak:面白そうですね、もう少し詳しく教えて下さい。

高橋:すくなくとも天平時代においては、軒瓦は作られた時代がはっきりとしているほぼ唯一の史料と言っても過言ではありません。天平時代の文字資料は、おおかれすくなかれ後世に書かれたもので、常に信憑性に問題があります。それに対して軒瓦は、製造年代によりその様式がはっきりと分類出来ます。実証性を高めるのに非常に有益なのです。

Tak:最新のテクノロジーを用いることにより、これまでの定説とのズレも生じたりするのでしょうか。

高橋:先ほども申し上げましたが、テクノロジーの発達は目を見張るものがあります。建築に用いられた木材の年に関しては、年輪・年代測定法を用いればきわめて精度の高いデータを出せます。そのデータから判断する限りにおいては、これまでの様式論から類推する制作年代よりも、もっと早くにつくられたと考えざるをえない仏像や建物も出てきます。 

Tak:そうした読み直しも研究者で意見が分かれて大変そうですね。

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軒瓦の変遷が理解できる年表

高橋:そうですね。他の資料も参考にして議論を重ね、新たな定説を構築していくのが今後の大きな課題となります。1200年も前の古い古い仏像たちのことなど、すでにすべてが判明していてもはや新しい発見や議論などないと思われるかもしれませんが、実はきわめてホットな議論が交わされている真っ最中なのです。そして、これからもまだまだ新しい見解が出てくることでしょう。この意味で、天平の仏像たちは、美術史が過去の学問ではなく現在も生きている学問であり、その現場は思いのほか生々しいことを、まざまざと教えてくれるのです。

 

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高橋編集長

※高橋編集長は小学館に入社して以来、美術畑一筋で来られた異色の人材だそうです。お話を伺っていると、専門的な用語が日常会話の如く自然と口をついて出てきます。聴き手(自分)にそれに見合うスキルがないので、首肯するだけで精一杯でした。お忙しい中お時間作って頂きありがとうございました。

 

※高橋編集長によるエピソード満載の編集後記もどうぞ。

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左:高橋編集長 右:Tak

2013年8月28日に刊行された『日本美術全集』最新刊「東大寺・正倉院と興福寺(奈良時代2)」の編集を担当された小学館の髙橋建編集長にお話を伺って来ました。

Tak:「東大寺・正倉院と興福寺」の巻を担当するにあたり、心がけた点を聞かせて下さい。

髙橋:カメラマンも撮影場所も違う一枚一枚の写真を、一冊の書籍にした際に統一感が出るよう編集するのに最も神経を使いました。

統一感というのは、言い換えれば「時代感」とも言えます。ページをめくるたびに、今からおよそ1300年前の天平時代の時代感覚を味わっていただければと思いながら編集しました。

それにより、単に写真が並んでいるカタログではなく、あくまでも書物であることがはっきりと分かっていただけるのではないかと自負しています。

Tak:カタログ的にならぬように編集するために、具体的にどのような点に気を遣ったのでしょうか。

髙橋:仏像のような立体物は、色味の統一が絵画以上に大変です。さり気なく、当たり前のように(目の前に仏像があるかのように)見ていただきたいとの願いとともに、何度見ても飽きないような作りになるよう心がけました。

具体的には、雑誌で使う写真は、インパクトを重視します。パッと見が大事です。ただしそれは一過性のインパクトであり、あまり記憶に留まりません。

雑誌ではなく書籍である『日本美術全集』は、一過性の見た目ではなく、ジワジワ来るような写真を選びました。

Tak「ジワジワ」って良いですね。

髙橋:ジワジワ来る写真とは、何年か後に見ても「いいな~」と思える写真でもあります。毎日見ても飽きませんし、思いついた時に取り出して見ても新鮮さはそのまま伝わって来ます。

「古さを感じさせない写真」を撮る腕の立つ写真家と同じような心構えで、写真を選びましたので、どっしりとした記憶に残る一冊となっています。

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正倉院宝物のページ

Tak:今回、仏像以外に正倉院宝物にページ数を割いていますね。これはこれで違ったご苦労があったのではないかと。

髙橋:はい。現在整理済みのものだけでも約9000点という膨大な数の正倉院宝物をどのように紹介するか、正直、頭を悩ませました。

これも先ほどの仏像と同じように、カタログ的なものになりがちですので、そこだけは留意し、なるべく天平人の生活感覚が伝わるような並びにしてあります。 

Tak:天平人の生活感覚と言ってもいまひとつピンと来ませんが…

髙橋:具体的には、「用途」によって分類することで、215ページの写真にあるような当時の生活空間が体感出来るように編集しました。

既存の書物によくあるような製作技法やジャンル(絵画、工芸など)によってではなく、本巻では人と「もの」との関わりに注目して分類し、並べてあるのです。すなわち、礼拝や供養・荘厳に用いたもの、楽舞や弦楽に関わるもの、室内で身辺に置いて用いたもの、容器として用いたもの、そして装飾の粋をこらしたものといった具合です。

たとえば刀子は、どのように用いるかによって、本来の刃物としてだけではなく、文房具であったり、アクセサリーであったりするわけです。

これまでと紹介の仕方が違いますので、同じ宝物でも新鮮な気持ちで見られます。絵画展でも展示方法や並べ方で見える感覚が違いますでしょう。

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215ページ 

Tak:展覧会を鑑賞する気持ちでというのはとても新鮮ですね。

髙橋:天平美術に関しては浅井和春(青山学院大学教授)先生が、正倉院宝物に関しては杉本一樹(宮内庁正倉院事務所長)先生が、まさにキュレーター感覚で作品選びと構成を考えて下さいました。さながらページ上で「天平美術展」や「正倉院宝物展」を展開しているかのようです。

後編へ続きます。)