中国絵画にお手あげ

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 大学時代、年に一度関西旅行があるというだけの理由で、日本美術史を専攻してしまったのだが、戸田禎佑(とだ・ていすけ)先生(東京大学)の中国絵画史の集中講義を聴講して、「こりゃ中国にはかなわんわい」と思ったことを思い出した。

 それは東京・三井記念美術館で開催中の「東山御物の美-足利将軍家の至宝-」展(11月24日まで)の会場であった。

 いい加減な理由で学部へ進んだのに、なぜか大学院まで進学し、東京・板橋区立美術館に就職して、しゃかりきに江戸時代絵画の森に分け入っているうちに、江戸絵画の楽しさについつい溺れてしまい、たまに中国絵画の真髄に触れることがあっても、中国は別格だ、と言い聞かせてきた。ある意味で、中国絵画のすごさと真正面から向き合うことを避けてきたともいえる。

 ところが、この展覧会、逃げ場所がない。まさに中国美術の至宝で埋まっているのだ。国宝、重要文化財の宋・元画に圧倒され、専門外の工芸品に逃げようと思って目をそらしてみても、そこにあるのはこれまた国宝の油滴天目や青磁の名器、元の堆朱(ついしゅ)に堆黒(ついこく)とくれば、もうお手あげだ。

 ここはどっぷり、宋・元の名画に漬かるしかない。何がそんなにショックなのか、少し説明が必要かも知れない。

 例えば展覧会後期に出るであろう(伝)趙昌(ちょうしょう)筆「茉莉花図(まつりかず)」(常盤山文庫)について見てみよう。団扇型の画面に茉莉花が一枝描かれている。没骨法(もっこつほう)で輪郭線を白色で塗り込めた白花は、蕾と満開のものが対比されている。緑の葉のふくらみを感じさせるのは細い墨線による輪郭線と、葉脈に加えられたハイライト、そして葉表、葉裏の彩色を巧妙に変化させる彩色法だ。そこに、そのものが実在するかのような臨場感あふれるリアリティーが実現されているのだ。これは、写実的という言葉では言い表わせないものだ。物の表皮を写しながらも、その中にある存在そのものを感じさせる描写。かつて岸田劉生(きしだ・りゅうせい)が悩んだ東洋的リアリズムの正体がここにある。

 こんな絵が、中国では13世紀に描かれているというのに、日本はどうだ。18世紀に沈南蘋(しん・なんぴん)によってもたらされた写生画法を江戸に伝え広めた宋紫石(そう・しせき)。彼の写実的な手法の素晴らしさを、私は得意になって語っていたが、この絵の前に来たら、宋紫石の絵など問題外であろう。写実の重みが違うのだ。

 こうした中国絵画と向き合うと、日本絵画の甘っちょろさが露呈されて、情けなくなる。

 李迪(りてき)や梁楷(りょうかい)によって構築される広大無辺な山水空間、墨線が刃物のように鋭い梁階の衣紋線、墨が空気の中に融け込んでゆく牧谿(もっけい)の没骨描、さらに陸信忠(りく・しんちゅう)の「十六羅漢」の背景に見られる奇想の樹木や岩組など、どれを見ても「もうアカン」と打ちひしがれてしまう。

 会場の最後に置かれる能阿弥(のうあみ)、小栗宗継(おぐりそうけい)、伝狩野元信(かのう・もとのぶ)のどれを見ても、日本絵画が全く貧弱に見えてしまう。しばらく、江戸絵画について語ることは止めよう。

今回のおすすめ作品はコレ!


marika_300.jpg(伝)趙昌「茉莉花図」重要文化財 南宋時代 (東京・常盤山文庫蔵) 

本全集編集委員の板倉聖哲(いたくら・まさあき)氏が外部企画委員を務められた展覧会「東山御物の美-足利将軍家の至宝-」(東京・三井記念館)は、板倉氏が「"足利将軍家のもの""中国絵画史のなかで価値あるもの"、この両者が重なっている作品のみを揃えています」と話す話題の展覧会。7期に分けて<室町時代の国宝>ともいえる全106点が展示される。「茉莉花図」の展示期間は11月24日(月・振替休)まで。

三井記念美術館http://www.mitsui-museum.jp/